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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)2121号 判決 1965年7月31日

原告 関根冶金工業株式会社 外三名

被告 稲見光

主文

被告から破産者田中熱機株式会社に対する、東京法務局所属公証人長谷川常太郎作成第一四一、五八八号債務弁済契約公正証書に基く強制執行は、金四二五万円及びこれに対する昭和二九年六月一日以降日歩二〇銭の割合による金額を超える部分につき、これを許さない。

原告らその余の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

原告ら訴訟代理人は、「被告から破産者田中熱機株式会社(以下、破産会社という。)に対する、東京法務局所属公証人長谷川常太郎作成第一四一、五八八号債務弁済契約公正証書に基く強制執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二、当事者の事実上の主張

原告ら訴訟代理人は請求の原因として、次のとおり述べた。

一、被告から破産会社に対する債務名義として、左記事項の記載がある、東京法務局所属公証人長谷川常太郎作成第一四一、五八八号債務弁済契約公正証書(以下、本件公正証書という。)が存在し、その正本には昭和二七年六月二一日、同公証人から執行文が付与されている。

(一)  破産会社は被告に対し、昭和二七年四月一日借り受けた金七〇〇万円を、同年六月二〇日限り返済すること、若し右元金を期限に返済しない時は日歩二〇銭の遅延損害金を支払うこと、

(二)  破産会社は右債務を履行しない時は、直ちに強制執行を受けることを認諾する、

二、破産会社は昭和三一年八月七日、破産宣告を受けたが、原告らは破産手続において、債権を届出て確定した破産債権者である。被告もまた、破産手続において、昭和三一年八月二五日、本件公正証書上の債権(以下、本件債権という。)金一七〇六万八〇〇〇円(元金四二五万円及びこれに対する昭和二七年六月二一日以降昭和三一年八月六日迄一五〇八日間の日歩二〇銭の割合による遅延損害金一二八一万八〇〇〇円)を有するとして債権の届出をしたが、その債権調査期日に、後記の理由によつて、原告木本鋼材株式会社はその全額について、その余の原告らはうち金五七五万四六七三円について異議を述べた。そこで破産法第二四八条に則り本訴を提起した。

三、破産会社が被告から借受けたのは金七〇〇万円ではなく、金四二五万円に過ぎない。

四、被告は次のとおり合計金五八〇万円の弁済を受けたので本件債権はこれにより消滅した。

(一)  破産会社から(1) 昭和二七年五月二〇日、金二〇万円、(2) 同月二七日、金一九〇万円、(3) 同年六月二日、金四五万円、(4) 同月四日、金五万円、(5) 同月一二日、金四五万円

(二)  訴外大進産業株式会社から弁済期前第三者の弁済による金二七五万円。但し約束手形。

五、仮に右主張が認められないとしても、日歩二〇銭の遅延損害金は年利七割三分に相当するもので、現行利息制限法による最高年三割を著しく超過している(旧利息制限法と異なり、現行利息制限法は商事にも適用があることは考慮されるべきである。)のみならず、被告は当時破産会社が極度の資金難に苦しんでおり、且つ経営者が技術家で法律、経済の知識に乏しかつたのに乗じて右のような高率の損害金を約定させたものであるから、右約定は公序良俗に反し、商事法定利率である年六分を超える限度において無効である。

六、仮に、右主張が認められないとしても、破産会社には被告を含め、多数の債権者がいるが、被告以外には誰も年六分以上の損害金を請求していない。破産手続は債権者間の平等な満足を目的とするものであるから、被告だけがこのような高率の損害金を請求することは権利の濫用であつて許されない。この点においても、損害金の率は年六分に制限される。

七、被告は昭和三一年一一月二一日、東京国税局から、公売処分の剰余金六〇三万五九九〇円の配当を受け、これを本件債権の元利金の弁済に法定の順序で充当した。従つて、本件債権はその限度で消滅した。

八、被告は昭和二七年一一月一八日、本件債権を破産会社の取締役社長である訴外田中善助に譲渡したから既に債権者ではない。

なお、原告木本鋼材以外の原告らの異議事由は第五乃至第七項の事実のみである。

被告訴訟代理人は答弁として、請求原因第一、二項は認める、同第三項は否認する、本件公正証書記載のとおり、被告は破産会社に対し金七〇〇万円を貸渡した、同第四項(一)の事実は否認する、同項(二)の事実は認める、同第五項の事実は争う、当時金融は逼迫しており、この程度の損害金は決して不当ではない、同第六項の事実中、破産債権者のうちで被告だけが年六分を超える損害金債権を届出ていることは認めるが、その余の事実は争う、同第七項の事実は認める、同第八項の事実は認める、しかし、右譲渡契約というのは、被告が田中に本件債権を代金四七九万二四五〇円で売渡す旨の契約であつて、右代金の支払期を昭和二七年一一月二〇日とし、同日迄に右代金が支払われた時に本件債権が田中に移転する特約であつた、と述べ、抗弁として、次のとおり主張した。

一、請求原因第八項の事実に対し、田中が昭和二七年一一月二〇日迄に本件債権売買代金を支払わなかつたので、被告と田中とは、翌二一日本件債権譲渡契約を合意解除した。

二、破産会社については、破産宣告前、更生手続が開始されており、右手続は昭和三一年二月一三日廃止されたが、同手続において、被告の本件債権のうち、元本残額金四二五万円及びこれに対する昭和二七年六月二一日以降日歩二〇銭の遅延損害金債権は更生担保権者表に記載され、破産会社は債権調査期日に異議を述べなかつたから、右債権は確定した。而して会社更生法第二八三条によれば右更生担保権者表の記載は会社に対し確定判決と同一の効力を有するから、右債権に関する異議事由として右確定前の事由を主張することは許されない。

原告訴訟代理人は被告主張の抗弁に対し、同第一項の事実は否認する、同第二項の事実は認めるが、更生担保権者表には既判力がないから右担保権者表作成前の事由も主張できる、と述べた。

第三、立証<省略>

理由

一、被告から破産会社に対する執行力ある債務名義として、原告主張の記載がある本件公正証書が存在すること、破産会社が昭和三一年八月七日破産宣告を受け、原告らが破産手続において確定した債権を有する破産債権者であること、及び被告が右破産手続において、同月二五日、本件公正証書上の債権(以下、本件債権という。)のうち金一七〇六万八〇〇〇円(元金四二五万円及びこれに対する昭和二七年六月二一日以降昭和三一年八月六日迄一五〇八日間の日歩二〇銭の割合による遅延損害金一二八一万八〇〇〇円)を有するとして債権の届出をしたが、その債権調査期日に、原告木本鋼材がその全額について、その余の原告らがうち金五七五万四六七三円について異議を述べたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、先ず、被告主張の抗弁第二項の点について判断する。破産会社について、破産手続前更生手続が開始されており、右手続が昭和三一年二月一三日廃止されたこと、右手続において、被告の本件債権のうち、残元本金四二五万円及びこれに対する昭和二七年六月二一日以降日歩二〇銭の遅延損害金が更生担保権者表に記載され、しかも、破産会社がこれに対し債権調査期日に異議を述べず、右債権が確定したことは当事者間に争いがない。ところで会社更生法第二八三条によれば、同法第二七三条又は第二七四条の規定による更生手続廃止の決定が確定した時は、更生担保権者表の記載は会社に対し確定判決と同一の効力を有するものと定められているが、しかし更生担保権者表作成の目的及びその確定手段の性格等を検討するとその記載は既判力を有しないものと解するを相当とする。それ故会社は後日同表記載の債権につきその作成前の事由を以て不存在を主張しうるものというべきである。従つて、被告の右主張は失当である。

三、そこで被告が破産会社に対し、本件公正証書記載のとおり、元本金七〇〇万円を貸渡したか否かについて判断する。いずれも成立に争いがない甲第一号証(本件公正証書及び工場抵当法第三条に依る建物抵当権設定金員借用証書)、乙第四号証の一乃至五及び証人田中善助(第一回)の証言によれば、被告は昭和二七年四月頃数回に亘り破産会社に対し、同社振出の約束手形五通を担保に合計金四二五万円を、訴外大進産業株式会社振出の約束手形を担保に合計金二七五万円、以上合計金七〇〇万円を貸渡した事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

四、本件債権が弁済により消滅したとの原告らの主張について判断する。本件債権につき、被告が期限前、大進産業から手形金二七五万円の弁済を受けたことは当事者間に争いがないが、破産会社が原告ら主張の各日時に、被告に対し合計金三〇五万円を弁済したことを認めるに足りる証拠がない。従つて右主張は採用できない。

五、日歩二〇銭の損害金の約定が公序良俗に反し無効であるとの主張について判断する。証人島田真一の証言によれば、当時金融が逼迫しており、中小企業が銀行その他公共的金融機関以外の貸金業者から融資を受ける場合には、日歩一〇銭乃至二〇銭の利息若しくは損害金を支払うことがむしろ常態であつたことが認められるのみならず、本件全証拠によつても、被告が特に破産会社の窮迫ないしは経営者の無知、軽薄に乗じて融資した事実が認められないから、原告らの右主張は排斥を免れない。

六、破産手続において被告だけが高率の損害金を請求することは権利の濫用であるとの原告らの主張について判断する。破産会社に対する多数の債権者中、被告だけが、日歩二〇銭という高率の損害金債権の届出をしていることは当事者間に争いがないが、この一事を以つて、被告の損害金請求が権利の濫用ということはできない。従つて右主張も採用できない。

七、以上の次第で、被告は破産会社に対し、破産債権金四二五万円及びこれに対する昭和二七年六月二一日(弁済期の翌日)以降(但し、届出は昭和三一年八月六日迄)日歩二〇銭の割合による遅延損害金債権を有するところ、被告は、昭和三一年一一月二一日、東京国税局から公売処分の剰余金六〇三万五九九〇円の配当を受け、これを本件債権元利金の弁済に法定の順序で充当したことは当事者間に争いがないから、これによつて、昭和二七年六月二一日以降昭和二九年五月三一日迄七一〇日間の遅延損害金が消滅したものというべきである。従つて、破産会社が被告に対して負担する債務の内容は元本金四二五万円及びこれに対する同年六月一日以降日歩二〇銭の割合による遅延損害金債務を負担しているに過ぎないものというべきである。

八、被告が、本件債権を譲渡したから破産会社に対して債権を有しないとの原告らの主張について判断する。昭和二七年一一月一八日、被告が破産会社の取締役社長である訴外田中善助に対し本件債権を譲渡する旨の契約をしたことは当事者間に争いがない。そこで被告と田中とが同月二一日右譲渡契約を合意解除したとの被告の主張事実を検討する。証人田中善助の証言(第二回)と、同証言及び成立に争いがない乙第八号証(口頭弁論調書)によつて認められる「被告と田中外一名との間の当裁判所昭和二八年(ワ)第九二八七号、昭和二九年(ワ)第一三六八号損害金等請求事件の昭和三〇年二月一六日の口頭弁論期日において被告と田中とが、本件債権が昭和二七年一一月一八日の契約により田中に譲渡されたことを確認したうえ、右弁論期日に、これを再び田中から被告に譲渡する旨の条項を含む和解をしているが右和解条項は昭和二七年一一月一八日の本件債権譲渡契約が合意解除されたことを確認した趣旨である事実」、前示「破産会社の更生手続における確定更生担保権者表中に本件債権に関して前示のような記載がある事実」及び前示「被告が東京国税局の公売処分において本件債権中へ配当を受けている事実」を綜合すれば、この点に関する主張事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。従つて、この点に関する原告の、被告が本件債権を有しないとの主張は排斥を免れない。

九、よつて本訴請求は前記認定の限度でいずれも理由があるものと認めてこれを認容し、その余の部分はいずれも失当であるからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条第九三条第一項各本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田実 磯部喬 松井賢徳)

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